2022年1月の初め
妻との会話で連休中に新潟県内の美術館・博物館に行こうという話になりました。
こう見えて、妻も私も美術館・博物館めぐりは大好物です。
市内のしょぼい博物館でも数時間は平気で滞在できます。
館内においては他の人が無視していく解説文やボタンを押すと流れる動画を味わい尽くすほどです。
そして現在、新潟県では「にいがた ぐるっとミュージアム!」というキャンペーンを行っています。
コロナによって来館者が減少した美術館・博物館を応援しようという県の取り組みでパスポートを購入すると入館料が無料になったり割引になったりといったサービスを受けられるのです。
パスポート自体は昨年の9月24日から発売されており私が今の仕事に変わってから毎日のようにヘコんで帰ってくるのを見かねて、私を元気づけるためにいつのまにか購入していたようです。
ほんま涙が出るで・・・。ありがとう。
が、しかし、パスポートの有効期限が2月末で、利用も初回利用日から2か月間という制限があるため、1月の初めで無理矢理にでも行くことになったのです。
コースは柏崎〜十日町方面を攻めることにしました。
柏崎には「柏崎コレクションビレッジ」という江戸時代の豪商が集めたコレクションを観覧できる博物館があります。
しかも、同じ場所に3館まとまっている状態で存在するため効率よく見て回ることができるのです。
さっそく着きましたが、どうにもおかしな雰囲気です。
開館時間内にもかかわらず駐車場には1台の車もありません。
ちょうど公式サイトの写真のようです。
おかげで駐車場内にローリング族かドリフト族が残したであろうクルクルと円状に描かれたタイヤ痕を綺麗に確認することができます。
ここは高台ですし、UFOを呼ぶための模様でも描いていたのかな?
あたりを見渡してみると「本日休館」の文字が。
「休館日だったかー」と思いサイトを調べてみると「12月〜2月(冬季休館)」と書かれていました。
ははーん、パスポート使わせる気ねぇな。
まぁ、確かにここに来るまでも多少の雪道でしたし、除雪などの手間を考えると思いきって冬季はやらないってことなのかもしれませんね。
この日はほとんど雪も降っておらず、前述の通り駐車場も謎の紋章が確認できるくらい雪のない状態でしたので残念です。
気を取り直して、今度は十日町の美術館に向かうことにします。
事前にサイトで確認する限り休館のお知らせはでていませんでした。
美術館のFacebookページもあるようで、こちらも1日前に投稿されていたので休館ってことはないでしょう。
館長のお知り合いの方がオノ・ヨーコと麻雀をしたことがあるといった内容なので多分大丈夫なはずです。よくわからないけど。
十日町は新潟でも有数の豪雪地帯です。
柏崎から十日町方面に向かうにつれて、どんどん雪深くなっていくのがわかります。
そんな十日町のなかでも、これから向かう美術館があるのはかなり山奥の方でした。
Googlマップで確認した時にこれはたどり着けないんじゃない?
ってか、積雪でいえば柏崎の何十倍もあるようなところなので、
むしろこっちが冬季休館すべきなんじゃない?
って思いましたが、とりあえず行ってみることに。
道はどんどんと山の方に入っていくようになり、道幅も対向車とすれ違えないほどに狭くなっていきます。
道路は除雪されているといっても、全体的に雪で覆われている状況なので、気を抜けばすぐにスリップしてしまいそうな雰囲気です。
時折、周りの針葉樹の枝に積もった氷まじりの雪の塊が上から降ってきて、天井の金属部分に当たり「ガコン!」と不穏な音を立てます。
「この車、代車なのに・・・」
と余計な心配事が増えていきます。
タイミング悪くフロントガラスを覆うほどの雪がザザッーと落ちてきて、視界が完全に塞がれたときは死を覚悟しました。
言っときますが、窓から手を伸ばすほどの距離はもう崖です。
私は完全に余裕がありませんでしたが、妻は怖がりながらも、雪が落ちて来る瞬間をカメラに収めようとていました。
そんな山道を体感では1時間、実際には20分ほど走らせたところ、、、
「ミティラー美術館」の看板が見えてきました。
矢印が誘導する方へ進むと、ここまでは除雪車が入れないのかアスファルトが完全に姿を消し、推定15cmほどの圧雪されていない、やわらかい雪で覆われた道に早変わりしました。
タイヤの下半分が埋もれるような道を進むと、目の前にちょっとした上り坂が立ちはだかります。
「この先に行きたくば、この試練を乗り越えてみよ」
と言わんばかりの坂道です。
すでに雪道にタイヤを取られている状態で、さらにこの坂を越えよと!?
これは途中の洞窟で”灼熱の玉”とかを入手して、雪を溶かしてからじゃないと進めないイベントなんじゃないかと思いましたが、道中にそんな洞窟は見当たりませんでした。
そもそも周りを見る余裕もありませんでしたが。
一応4WDではありますが、正直登れる気がしません。
おそるおそるアクセルを踏み登ろうとしますが、徐々に車体が望まない方向に持っていかれ、そのうちタイヤが空転するような音が聞こえます。
ダメダメダメ!ムリムリムリ!
ここに来るにはレベル上げが足りていなかったようです。
無理に進もうとすると戻されるタイプの場所です。
急ぎ、来た道を戻ります。
なるべく轍からはみ出ないようにハンドルは固定で車をバックさせます。
が、2個前の写真でおわかりのように道は緩やかなカーブを描いており、路肩には小学校3年生児童の身長ほどの雪が堆積しています。
この日は珍しく快晴で眩しいほどの陽の明かりがあるのは嬉しいのですが、真っ白な雪に反射して雪の地面と壁の境目がわかりません。
そのままバックを続けたところ雪の壁がせまっていることに気づかず、車を多少めり込ませてしまいました。
幸いにして雪は柔らかく車の方は無事で、雪壁にきれいなブレーキランプとバンパーの型が取れただけで済みました。
「この車、代車なのに・・・」
と思いましたが、もう深く考えないことにします。
なんとか写真の看板地点まで戻り、少し離れた場所に車2台分が停められる程度の除雪された場所を見つけたので、そちらに停めて歩いて向かうことにしました。
ミティラー美術館は廃校になった旧大池小学校を利用し、1982 年に設立された私立の美術館だそうです。
なんという偶然。私と同い年です。
さきほどの坂道も歩きならば余裕で越えられました。
越えられたのはよいのですがどう見てもやっている感じがしません。
それでも近づいてみると美術館には間違いないようです。
!!!!!!
やってたー!
遠目からは”閉館中”の文字にも見えましたが、まごうことなき「開館中」の3文字。
最初校舎側の建物に近づいたところ、入り口に荷物が積まれていたりして「これはもうダメかもわからんね」と思いましたが、体育館側が入り口だったようです。
やっているかどうかもそうですが、そもそも生きてたどり着けるかどうかも怪しかったので感動もひとしおです。
緊張しながら戸を開けてみると、木製の下駄箱があって、古い学校からイメージされる玄関がそのまま表れました。
しかし、中にはやはり誰もおらず、目の前には学校椅子の上にボタンの付いたインターホンと説明書きが置いてあります。
説明書きを読むと、
この時期はスタッフが常駐していないこともあるので見学希望の方はボタンを押してスタッフが来るのを待ってくださいとのこと。
早速ボタンを押したところ、何度かの呼び出し音のあとに人の声がして、
「隣の校舎からスタッフが向かうのでそのままお待ちください」
と言われました。
インターホンに向かって「はーい、わかりました」と明るく答えたところ、妻から「たぶん録音だよ」のひと言をいただきました。
待つこと数分…
一向に来ません。
隣の校舎からということだったのですが、校舎の方からは物音一つしません。
そもそも人がいる気配がありません。
「これはもうダメかもわからんね(2回め)」と思いましたが、木造体育館の玄関で凍えながらもう少し待ってみます。
来ない・・・。
待つことに疲れ外へ出てみると、気持ちの良い快晴が続いており白銀と相まって清々しい気持ちにさせてくれます。
考えればこれだけでもここに来てよかったと思います。
帰り道を思うと多少その気持ちも薄れますが。
そんな感じで周りを散策していると、我々が来た道の方から車の音がします。
他のお客様なのか、はたまたスタッフの方なのか。
私は車に詳しくないので車種まではわかりませんが、普通に町で見かける青色の小さな軽自動車が近づいてきました。
例の雪道に差し掛かってもひるまずに進んできます。
「さすがにその車ではあの上り坂は登れんだろ〜」
と思っていたら、そのまま加速して車は唸り声をあげながら坂を上りきりました。
「うそ〜ん!」
って、本当に口にしたのは人生で初めてです。
校舎脇に車をつけて降りてこられたのは、地元のお母さんといった見た目のスタッフさんでした。
坂を登れず下の方に車を停めた話をしたところ
「あー、登らないのが懸命だと思いますー
下の方が安全で良いと思いますよー」
一応、私が住んでる地域もそれなりに雪が降る
新潟県の一部なんですが、ごめんなさいヘタレで。
「お待たせしてごめんなさいねー」と、時間がかかったことを謝っておられましたが、むしろ、我々の方こそこんな状況の時に来て呼び出してしまってごめんなさいという気持ちです。
パスポートで入館料が無料になるのでお母さんタダ働きだなと思いましたが、そこは触れずにおきました。
受付を済ませ簡単な説明を聞いたところ、ミティラーというのはインドの地方名のことで、そこで母から娘へと 3000 年にわたって伝承されてきた歴史ある画のことをミティラー画というそうです。
ほかにもインド先住民族のワルリー画やゴンド画
テラコッタ等を展示しているとのこと。
ただし、昨年12月に千葉県の浦安で出張展覧会をされたそうで、このときはその片付けがまだされておらずに、とりあえずこの中に運んだだけの状態なのとお母さんが笑って説明してくれました。
確かにキレイには展示されていない状況でしたが
これはこれで逆に貴重な体験をさせてもらいました。
あと、雨漏りするため床に洗面器を置いているのでひっくり返さないように気をつけてーとのことでした。
大丈夫です、お母さん…
完全に凍ってました。
体育館内は整頓はされていませんが、いかにもインド!という画や焼き物で埋め尽くされています。
見ているだけでも遠くインドにいるような気持ちになります。
めちゃくちゃ寒いですが。
校舎側に行くこともでき、2階には制作室があります。
現在はコロナの影響もあってインドからアーティストを呼ぶことはできないそうですが、以前は日本に招聘してここで作品を作ってもらっていたそうです。
その時の作品がいまも残されており、それを観ることができます。
校舎側の1階では休憩室があり、お母さんから
「ストーブに火を入れておいたので寒かったら使ってください」
と言われていました。
マイナス4℃のなか、ここは安心して過ごせるセーブポイントです。
懐かしの学校椅子なんかも置いてあり、妙にノスタルジックになる空間です。
机の上のモニターではミティラー画についてのDVDが流れていました。
ふと壁をみると素敵な壁画が飾られていましたが
割れてしまっていました。
聞けば、中越地震の際に大きな被害を受けてしまい、残念ながら壊れてしまったそうです。
確かに展示されていたテラコッタの中にも
割れしまっているものがいくつかありました。
実際、中越地震後は休館せざるを得ない状況になり、1年9ヶ月ほど休館期間を経て再開されたそうです。
休憩室の写真に写っているコート掛けに、先述の虎が描かれたトートバッグが掛けてあり、妻はひと目心を奪われたようです。
天野喜孝さんデザインのFFのモンスターを彷彿とさせる、このダンジョン(美術館)のボスみたいな見た目なのに、舌を出して愛嬌がありつつも髭の生えたおっさんの顔という色々ツッコミどころのある感じがたまらないそうです。
受付には物販コーナーもありましたので、そこにあるだろうと帰る前に見にいったところ、トートバッグはあるものの虎の絵柄のものが見つからず。
多少シミがあるのは我慢して休憩室のを譲ってもらうようにお願いしてみようかなと思ったところ、だいぶ入り組んだ場所に1つだけ残っているのを見つけることができました。
これもめぐり合わせですかね。
妻は大喜びで購入していました。
調べたらネットで買えるみたいですが、妻には黙っておきます。
美術館を後にして車のところまで歩いていると
開いていない松ぼっくりらしきものを拾いました。
こちらも何故か妻が気に入り、家に持ち帰っていました。
部屋の中においていたら外よりは暖かいせいか、最近では、かさが開き始めて何かが生まれそうな雰囲気を醸し出しています。
ミティラー美術館、とても良かったです。
厳しい雪の状況も含めて、冬でも自然豊かな場所にある素敵な美術館でした。
雪が溶けて景色が変わる頃にまた訪れたいと思います。
ということで、未来に残したい風景をテーマに書いてまいりましたが、ただの旅行記みたいになってしまいました。
しかし、十日町の雪の風景も、雪深い山道も、ミティラー美術館の素晴らしい展示品の数々も、今回は行けなかった柏崎の博物館も、今自分の周りの当たり前にあると思われているものすべてが私にとっては未来に残したい風景です。
そして、何ヶ月か、何年かした時にまた妻と訪れ、「あの時と変わらないね」といった会話をしたいと思うのです。
余談ですが、noteに美術館で撮った写真を掲載させてもらってもよいか美術館に電話で確認したところ、館長の長谷川さんと電話がつながりました。
曰く、「そんなのみんな勝手にやっているから。」とあっさり許可をいただきました。
その後、館長ご自身のお話をされはじめ、気がつけば30分ほどお話を聞くことになりました。
しかし、聞いているとすごい経歴の持ち主で普通にWikipediaや色々なサイトで紹介されるような方でした。
最初は許可をいただくつもりだけの電話だったのですが、思わぬお話を聞けて良かったです。
ミティラー美術館の館長である長谷川時夫さんは、館長もされていますがそもそも有名な音楽家で江戸っ子だそうです。
それが月が美しい場所という理由で新潟県の十日町に移住してこられました。
自然を愛する気持ちから旧大池小学校廃校に伴う大池地区再開発に反対し、孤軍奮闘を重ねた結果、再開発を廃案とする方向に持っていき、さらには旧大池小学校校舎を任されたそうです。
ご本人は管理を任されたことを「どうせ逃げると思われてたんだ」と笑って話されていました。
その後、ミティラー画というのものに出会い、旧大池小学校をミティラー美術館として開館させます。
バイトでためた50万円でインドに渡り、その後も日本を行き来しながら5年で世界一になるほどの展示品を集められたそうです。
ミティラー画も日本の浮世絵のように世界中に散逸してしまうことを憂慮され、収集を行うようになったとのことです。
ここで制作された大きいサイズの画はインドにもないそうで、ここでなければ観ることができません。
当時のお話など色々聞かせていただきましたが、このあと館長自ら雪下ろしをされるということでお電話は終了しました。
貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
ミティラー美術館には素晴らしい展示品の数々があります。
ぜひ興味を持っていただき、足を運んでいただければと思います。
そんなミティラー美術館ですが
現在はさらに大雪による影響がでているためか
事前に雪の状況について問い合わせをしてほしいといった内容が
「にいがた ぐるっとミュージアム!」のサイトにお知らせとして
掲載されていました。
開館状況の問い合わせじゃなくて”雪の状況”なんですね(笑)
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